第51回【資料公開コーナー】焼けあとからたちあがる人びと
平成26年7月15日(火)~9月7日(日)
昭和20年(1945)8月15日、約3年8ヵ月続いた太平洋戦争が終わりました。
終戦で人びとの毎日の空襲への不安はなくなりましたが、日本の都市の大部分は焼け野原となり、多くの人が住むところや家族、財産をなくし、くらしも大変苦しくなっていました。
しかし彼らはたくましくたちあがりました。焼けあとに集まり、生きていくためにヤミ市がならび、少しずつではありますが、がれきを片付け、家を建て、新しい生活をはじめました。
今回は、焼けあとで人びとが新たに生活を始めた頃の光景を紹介します。
「終戦後の銀座4丁目交差点 (昭和20年11月 東京都 菊池俊吉撮影)」
展示内容
(1)額入りで展示
- 横浜でがれきを片付ける人びと (昭和20年9月 神奈川県)
- たきつけになるものを集める女性 (昭和20年9月 撮影地不明)
- 東京で生活を再建し始めた人びと (昭和20年9月 東京都)
- 破壊された学校を片付けている子どもたち (木町通国民学校 現・仙台市立木町通小学校)(昭和20年9月 宮城県)
- .空き地を利用して畑をつくる (昭和20年10月 東京都)
- 前橋の再建に向けて (昭和20年10月 群馬県)
- 神戸市元町近くで荷車を引く男性 (昭和20年10~12月 兵庫県)
- 魚を売る秋田のヤミ市 (昭和21年11月 秋田県)
(2)映像(ニュース映画・昭和館オーラルヒストリー)
- 電球の生産再開(川崎)・焼け跡にヤミ市出現・野球も復活 (日本ニュース第258号 昭和20年11月)
- 焼け跡の青空教室(品川)・石炭危機に移動芸能団も一役・兵舎利用の戦災者住宅(世田谷)・ビル街の夜景(東京) (日本ニュース第263号 昭和20年12月)
- 青山三丁目で炭焼き (新日本ニュース第2号 昭和21年1月)
- 中学生が見た戦後の東京~蓮田宣夫さんの体験談~ (昭和館オーラルヒストリー)