この企画展は令和6年6月19日~6月30日に開催され、好評の内に終了しました。
昭和館では、常設展示室において「戦中・戦後の国民生活上の労苦」に係る歴史的資料を展示しております。
また、このような実物資料を活用した展覧会を各地でも開催してほしいという要望があり、平成13年から各地で実施してきたところ、このたび関係機関、各位のご協力をいただき、令和6年度は大分県において開催する運びとなりました。
本展では、戦争がもたらした苦難や昭和の人々のくらしぶりを、当時の写真や実物資料を交えて紹介します。
タイトル | くらしにみる昭和の時代 大分展 |
会期 | 令和6年6月19日(水)~6月30日(日) |
時間 | 10:00~18:00 |
会場 | 大分県立美術館 1階展示室A |
所在地 | 大分県大分市寿町2番1号 |
入場料 | 無料 |
主催 | 昭和館 |
協力 | 一般財団法人大分県遺族会および一般財団法人日本遺族会第5ブロック |
後援 | 大分県、大分県教育委員会、大分市、大分市教育委員会、大分合同新聞社、西日本新聞社、朝日新聞大分総局、読売新聞西部本社、NHK大分放送局、OBS大分放送、TOSテレビ大分、OAB大分朝日放送、OCN大分ケーブルネットワーク、大分ケーブルテレコム |
詳細 | 【大分県開催】チラシ |
関西大学の学生が学徒出陣により陸軍に召集された時に家族から贈られたもの。この寄せ書きは持ち主がシベリアに抑留された際に収容所で没収されたものの、外務省を通じて60 年ぶりに本人の手元に返還された。
昭和18 年(1943)12 月
昭和16 年8 月に金属類回収令が公布され、家庭にある鉄や銅などの金属類が回収された。翌17年に出された強制譲渡令によって、寺院の梵鐘なども供出の対象となった。
昭和17年(1942)
日出町教育委員会提供
戦後、進駐軍が大分市や中津市などに進駐した。昭和21年に別府市にキャンプが建設されると、大分市から第19歩兵連隊が移駐した。
昭和23年(1948)
米国国立公文書館提供
大分県立中津第一高等学校(現・大分県立中津南高等学校)新聞部が発行した校内新聞。
昭和24 年(1949)
特別展示 麻生豊「銀座復興絵巻」
「銀座復興絵巻」は漫画家・麻生豊による作品で、空襲の被害を受けた銀座を舞台に、焼け跡の中で生活する人々の日常が克明に描かれています。
麻生豊は明治31年(1898)大分県宇佐郡(現・宇佐市)に生まれ、上京したのちに北沢樂天に師事、漫画記者として頭角を現します。大正12年(1923)から『報知新聞』で連載を開始した「ノンキナトウサン」が代表作となり、4コマ漫画の普及に大きく貢献しました。
さきの大戦において、麻生は陸軍報道班員としてジャワ島などに派遣されるも病気に罹り内地へ送還、そのまま終戦を迎えます。終戦時に銀座にアトリエを構えていた麻生は、「在りのままの変転を、この二十一年をスタートにして書き綴って見よう」との思いから「銀座復興絵巻」を描くこと思い立ちます。
今回紹介する3枚の作品には、昭和21年(1946)当時の銀座において、列を作って配給を待つ人々や、賑わう駅前広場の闇市やデモ行進などの様子が風刺的に表現されています。
銀座二丁目・五丁目①
漫画家の麻生豊が昭和21年から始めたスケッチを元に本人が巧芸画に彩色したもの。
昭和21年(1946)以降
銀座二丁目・五丁目②
昭和21年(1946)以降
新橋駅北側の闇市広場
昭和21年(1946)以降
昭和館 大分ポスターコレクション
広告・告知・宣伝を目的として制作されたポスターが昭和館には3,500点以上所蔵されています。その制作意図はさまざまで、商業広告、国策宣伝、公共広告などあらゆる場面でポスターが登場し、国民生活に浸透していたことが垣間見られます。
本展では、昭和館ポスターコレクションの中から、大分県にまつわるポスターを紹介します。
別府市朝見にあった長谷神社と愛宕神社が大正8年(1919)に合祀され、温泉神社として創建された。この温泉神社で催された祭りが別府温泉祭の起源である。
昭和6年(1931)以前
昭和15年の新春神詣(初詣)を勧めたポスター。下部には別紙で交通案内も添付されている。恵方詣りは、1月1日にその年の恵方の方角にある寺社に参拝して幸福を祈願することで、やがて恵方と関係なく神社仏閣へ新年の初詣と変化していった。
昭和14年(1939)
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