この展覧会は令和4年3月12日(土)~5月8日(日)に開催され、好評の内に終了しました。
新型コロナウイルス感染症の拡大防止にともない、令和2年3月に開催中止となった特別企画展「SF・冒険・レトロフューチャー~ぼくたちの夢とあこがれ~」を再構成した特別企画展を開催します。
本企画展では雑誌『少年倶楽部』を中心に活躍し、「ペン画の神様」と呼ばれた挿絵画家・椛島勝一。その椛島が描く秀麗な挿絵に憧れて挿絵画家を志し、のちに空想科学(SF)挿絵画家として大成した小松崎茂。この2人の挿絵画家に焦点をあて、彼等の画業を通じながら戦中・戦後の少年文化とその移り変わりを紹介します。
主催 | 昭和館(厚生労働省委託事業) |
特別協力 | 株式会社講談社、株式会社タミヤ |
後援 | 千代田区、千代田区教育委員会 |
会期 | 令和4年3月12日(土)~5月8日(日) |
会場 | 昭和館3階 特別企画展会場 |
入場料 | 無料 |
開館時間 | 10時~13時30分(入館は13時まで) 14時~17時30分(入館は17時まで) ※13時30分~14時の間は館内清掃のため入館できません。 |
休館日 | 毎週月曜日(3月21日は開館、3月22日は休館) |
チラシ | 「SF・冒険・レトロフューチャー×リメイク ~挿絵画家 椛島勝一と小松崎茂の世界~」チラシ |
押川春浪が明治33年(1900)に発表した科学冒険小説「海島冒険奇譚 海底軍艦」はSFのさきがけといわれています。昭和期に入ると、海野十三が少年向けの作品を意欲的に生み出し、宇宙や海底、未来世界などを舞台とした科学冒険小説を次々と発表しました。また、軍事冒険小説が人気を呼ぶようになり、『少年倶楽部』誌上では山中峯太郎「亜細亜の曙」(昭和7年)、海野十三「浮かぶ飛行島」(昭和13年)などが評判となります。そのなかでも、椛島勝一による写実的で美しい挿絵は、多くの子どもたちを魅了しました。
講談社が大正3年(1914)に創刊した『少年倶楽部』の編集長・加藤謙一は、新しい挿絵画家の発掘に邁進し、椛島勝一を見出しました。椛島が一躍注目された作品は、昭和5年(1930)から連載が始まった山中峯太郎「敵中横断三百里」の挿絵で、写実的な椛島の作品は、小説の世界観と溶け合い、臨場感あふれるものとなっています。続く「亜細亜の曙」も人気を博し、椛島は一躍挿絵画家の花形に躍り出ました。
明治山中峯太郎「敵中横断三百里」挿絵原画
(『少年倶楽部』昭和5年5月号)
画:椛島勝一
日露戦争をモチーフにした軍事冒険小説。日本軍は勝利を収めるためにロシア軍陣地へ侵入し、敵の防衛線を偵察する必要があった。騎兵第9連隊の建川中尉と5人の騎兵はロシア兵になりすまして敵陣営に潜入、数々の危機を突破して情報を入手し、勝利を収めた。
昭和5年(1930)
講談社蔵/長崎県美術館寄託
海野十三「浮かぶ飛行島」挿絵原画やつ向きの和洋菓子の作方
(『少年倶楽部』昭和13年1月号)
画:椛島勝一
シンガポールと香港の中間に英国軍によって建造された巨大な人工島に潜入した川上機関大尉と杉田二等水兵はこの島が移動可能な航空母艦であることを突き止める。日本攻略を企てていること知り、飛行島の爆破を決心する。
昭和13年(1938)
講談社蔵/長崎県美術館寄託
海野十三「太平洋魔城」挿絵原画
(『少年倶楽部』昭和14年7月号)
画:椛島勝一
海洋学者・太刀川時夫は軍部より依頼を受け、海難が続く太平洋上のある地点の探査に赴く。そこで太刀川は、海上ににょきっと首を出した奇怪な魔城を見た。ソ連軍はこの魔城から日本攻略を企んでいた。
昭和14年(1939)
講談社蔵/長崎県美術館寄託
高戸顕隆「敵艦隊撃滅」挿絵原画
(『少年倶楽部』昭和19年2月号)
画:椛島勝一
作者が少年に宛てた手紙という形式で書かれた海軍戦記。昭和17年の南太平洋海戦を題材にしたものであるが、史実の戦果とは異なり、日本海軍は華々しい活躍をみせる。
作者の高戸は海軍報道部の現役軍人であり、プロパガンダ色が色濃い作品である。
昭和19年(1944)
講談社蔵/長崎県美術館寄託
漫画「正チャンの冒険」は大正12 年(1923)1 月25 日付け『日刊アサヒグラフ』創刊号から連載が開始され、物語は織田小星(信恒)、絵を椛島勝一(東風人)が担当しました。同年9 月の関東大震災により一時休載したものの、翌10 月から『朝日新聞』にて連載が再開され、大正15 年まで続きました。椛島が得意とした精密な挿絵とは異なる画風の「正チャンの冒険」ですが、相棒のリスと一緒に不思議な世界を冒険する物語は子ども達に人気を博し、椛島の代表的な作品のひとつとなりました。
戦後、椛島は再び『絵ものがたり 正ちゃんのぼうけん』(全2 巻、講談社)を刊行します。『絵ものがたり 正ちゃんのぼうけん』は、戦前の正チャンに比べ、登場人物や背景が細かく描き込まれています。
正ちゃんのぼうけん「あめやさん」原画
(『絵ものがたり 正ちゃんのぼうけん ②』)
画:椛島勝一
昭和26年(1951)
講談社蔵/長崎県美術館寄託
正ちゃんのぼうけん「もりのあき」原画
(『絵ものがたり 正ちゃんのぼうけん ②』)
画:椛島勝一
昭和26年(1951)
講談社蔵/長崎県美術館寄託
のちにSF挿絵画家の第一人者となる小松崎茂は青年期に日本画家を志したものの、椛島勝一の挿絵にあこがれて、挿絵画家へ転向しました。昭和13年(1938)にデビューした小松崎は、挿画家・野口昂明からの紹介で、国防科学雑誌『機械化』で挿絵や図解を描くようになります。メカニックに造詣が深かった小松崎が描く空想科学の世界、シリーズ「未来の新案兵器」は緻密でありながら、ダイナミックな迫力があり人気を博しました。『機械化』の中心画家となった小松崎は、挿絵だけでなく図解の解説も担当し、SF挿絵画家として頭角を現しました。
戦後になると、小松崎は『冒険活劇文庫』創刊を契機とした絵物語ブームの時流に乗り、「地球SOS」などの絵物語作品を発表し、子どもたちの人気を博しました。
『機械化』昭和18年9月号
表紙:小松崎茂「水陸両用戦車」
機械化国防協会が昭和15年5月に創刊した雑誌。小松崎茂が空想科学で描く戦闘機や兵器が人気を博した。昭和20年2・3月合併号をもって廃刊となった。
昭和18年(1943)
「大暗黒星」原画
(『少年』昭和30年8月号)
作・画:小松崎茂
1960年の春、地球に似た惑星「大暗黒星」から遊星人が地球侵略のために軍事基地を奇襲攻撃する。核攻撃を受けた北極の氷山が融け北半球の都市が水没するなど、危機的な状況から地球を救うために少年飛行士の高田わたると兄のさとしが奮闘する。
昭和30年(1955)
個人蔵
昭和30年代初頭に起きたプラモデルブームの火付け役として、小松崎茂の存在は欠かせません。
田宮模型(現・株式会社タミヤ)の田宮俊作は、『世界の艦船』の読者欄を頼りにして小松崎へ長文の手紙を書き、ボックスアートの制作を依頼します。最初に描かれた作品は昭和36年(1961)の木製模型「航空母艦 大鳳」、それに続くのがプラスチック製模型のボックスアートとして有名な「ドイツ中戦車 パンサー」でした。子どもたちに人気のあった小松崎を採用し、さらには組み立てた際の想像力と購買意欲をかき立てたことで、田宮模型からは多くのヒット商品が誕生しました。
田宮模型「航空母艦 大鳳」原画
(木製艦船模型小型ミリオンシリーズ)
画:小松崎茂
小松崎が田宮模型の艦船ボックスアートを初めて描いた作品。木製模型はソリッドモデルと呼ばれ、プラモデルが普及するまでは模型の主流であった。「大鳳」は昭和19年3月に竣工した日本初の重装甲空母であったが、竣工からわずか3ヶ月後、マリアナ沖海戦で沈没した。
昭和36年(1961)
株式会社タミヤ蔵
田宮模型「ドイツ中戦車 パンサー」複製原画
画:小松崎茂
「パンサー」は田宮模型の社運をかけたプラモデルであり、小松崎のボックスアートによって大ヒット商品となった。日本初のリモコン戦車プラモデル。
昭和36年(1961)
株式会社タミヤ蔵
田宮模型「日本陸軍一式戦闘機 隼」原画
(1/50日本傑作機シリーズ)
画:小松崎茂
小松崎は昭和18年の第1回陸軍美術展において「隼」の勇姿を描いた作品を出展しており、まさに原点ともいえる画題である。
昭和39年(1964)
株式会社タミヤ蔵
高度経済成長期になると、少年雑誌は月刊から週刊へと移行していきます。昭和30年代初頭、少年雑誌では戦記物ブームが到来、さらにはSFという言葉も定着し、多種多様な「メカ」が動き回る未来の世界が描かれた口絵が人気を呼びました。
戦後の少年文化がめまぐるしく変化するなかで、空想科学から戦記物まで、小松崎はそれぞれの時代の温度感を敏感に感じ取りながら、未来の世界・空想の世界を描き続けました。その作品は媒体を変えながらも、大衆に広く愛され、終戦直後の不安定な時代から高度経済成長期までうつりゆく昭和の時代を生きた子どもたちのあこがれでありつづけています。
少年雑誌の主力が絵物語から漫画へと移り変わる昭和30年代、小松崎茂は得意としているSF物の表紙絵や口絵を多く手掛けるようになりました。その代表作ともいえるのが、講談社の『少年少女世界科学冒険全集』です。小松崎は全35巻中、1冊をのぞく34巻分の表紙絵と口絵を担当し、その美しい作品にたくさんの子どもたちが魅せられました。この全集は学校図書館などでも読めるSF物として子どもたちに親しまれました。
「宇宙探検220日」表紙原画
(講談社『少年少女世界科学冒険全集』第3巻)
画:小松崎茂
昭和31年(1956)
講談社蔵
「赤い惑星の少年」表紙原画
(講談社『少年少女世界科学冒険全集』第7巻)
画:小松崎茂
昭和31年(1956)
講談社蔵
「海底艦隊」表紙原画
(講談社『少年少女世界科学冒険全集』第33巻)
画:小松崎茂
昭和32年(1957)
講談社蔵
「土星へいく少年」表紙原画
(講談社『少年少女世界科学冒険全集』第34巻)
画:小松崎茂
昭和33年(1958)
講談社蔵
田宮模型「スカイワゴン」原画
(発泡スチロール ホバークラフト)
画:小松崎茂
発泡スチロール製の工作キット。田宮俊作が「大鳳」と同時に依頼した初めてのボックスアート。小松崎が描く空中に浮くスポーツカーの姿に子どもたちはあこがれ、近未来への想像をかき立てられた。
昭和32年(1957)
講談社蔵
田宮模型「走る超特急」原画
(夢の超特急シリーズ)
画:小松崎茂
世界初の高速鉄道として昭和39年10月1日に東海道新幹線が開通した。実車よりも速く模型が企画されたので、新幹線の名称はまだ箱書きされていない。のちにこの形はゼロ系と呼ばれた。
昭和39年(1964)
株式会社タミヤ蔵
※新型コロナウイルス感染拡大防止のため、変更または中止となる場合があります。
期日 | 令和4年3月27日(日) |
時間 | 1回目 12:45~13:30、2回目 15:00~15:45 |
場所 | 1階ニュースシアター |
定員 | 各回30名 |
内容 | ジョルジュ・メリエス監督『月世界旅行』(14分、1902年フランス制作)、「モンブランの嵐」他 |
担当者による展示解説を行います。
期日 | 令和4年4月3日(日)、4月24日(日) |
時間 | 14:30~(所要時間 約45分) |
場所 | 3階特別企画展会場 |
お問い合わせ
〒102-0074 東京都千代田区九段南1-6-1 昭和館学芸部 林
TEL.03-3222-2577